神様にまつわる話で、貧乏神と福の神って、なんかほっとするような笑えるような・・・
昔々物凄く貧乏な男がいたのですが、それ なぜかって言うと、そうです貧乏神が住んでいたからなのです。
その暮らしを、みかねた村の人たちが、その男にお嫁さんを、世話してあげたそうです。
昔って周りに世話好きの人がいるんですよね。そのお嫁さんが、働き者で、朝から晩までとにかくよく働いたそうです。それにつられて男も、またよく働きました。
親同士で勝手に決めてたりして・・・・その手の話を、おじいちゃんや、おばあちゃんからよく聞きました。(私50代なんで(笑))
貧乏神は、だんだんいずらくなってきます。この辺から笑えてきます。
やっぱり一生懸命働いたら貧乏神も逃げていくと言うことですかね~
それにしても随分空気がよめるというか、気が弱いというか、なんか可愛らしいキャラクターの貧乏神です!
ある年の大晦日に、夫婦が年越しの支度もすませて、正月を迎えようとしていると、天井裏から泣き声が聞こえてきました。
見てみると貧乏神が、泣いていてどうしたのか聞いてみると、明日 福の神がやってくるので、それまでに家を出なくてはならないと言います。
優しい夫婦は、貧乏神に「ずーと居ても大丈夫だよ」っと声をかけます。貧乏神は、嬉しくてまた泣いてしまいました。この夫婦、完全に貧乏を楽しんでますねぇ!
この時点で貧乏=不幸という考えは、完全にありません。
除夜の鐘がなって、福の神がやって来ました。福の神は力づくで貧乏神を追い出そうとします!
貧乏神と福の神は、押し合いになる!
そこへ夫婦がやってきて、なんと貧乏神を手助けして福の神を家の外へ放り出してしまいました。笑える展開で、落語かなんかにありそうです。
驚いたのは、福の神です。てっきり大歓迎してもらえると思っていたので唖然としてしまいました。
しばらく考えていましたが、くびをひねりながらもと来た道を帰って行ったということです。
その後どうなったか?
残念ながら、お金持ちにはなれなかったんですが、毎日楽しく幸せに暮らしたそうです。
きっとこの夫婦、身体と心には福の神が宿っていたんでしょう。
よく話題になるのですが、幸せってお金持ちとか貧乏とかじゃないんですよね! 今あるものに満足し感謝しましょう。
福の神と貧乏神の話でいうと、仏教の経典 涅槃経(ねはんぎょう)(釈尊の亡くなる日の最後の説法を物語にした教え)があります。
これは、吉祥天(福の神)と黒闇天(貧乏神)の姉妹が家にやってきます。
この姉妹は一心同体つまり、いつも一緒に行動していて吉祥天(福の神)を招き入れると黒闇天(貧乏神)もついてくるし黒闇天(貧乏神)を追い出すと吉祥天(福の神)も出て行ってしまうと言う話です。
幸福と不幸はいつも一緒で良い事があれば、悪い事もある。
まさに人生塞翁が馬!色々考えさせられます。